カミングス文庫、サザビーズの目録から②

日記

前回、南葵音楽文庫紀要でカミングス文庫の中にクロス博士のコレクションカタログを見つけた話を書いた。→①はこちら

まず、ことわっておきたいのは、以下の記録はサザビーズの競売目録を概観して、まず感じた点を述べたにすぎない。
つまり、詳細なausführlich、遺漏ない研究ではないということだ。

というのもサザビーズのカタログは、392ページ。
ロット番号4682点(出品された数)もの膨大な量にのぼるからだ。

サザビーズが制作したクロス博士のコレクションカタログ(南葵所蔵)自体が、活版印刷初期から16世紀あたりまでのカタログという様相を提している。
それがゆえにこのカタログも書誌学の世界の中で貴重書に該当し、ハイデルベルク大学で公開されているのであろう。
以下は自分がハイデルベルクで公開されているPDFを概観して感じた点。

自分が感じたのは、2点。
一点が宗教改革に関するもの、もうひとつはメランヒトンに関するものだ。
今回は前者、ルターと宗教改革にまつわる話を書く。


ルターという人は、書いたものを読むとものすごく「一本気」な感じだが、行動そのものを見ると、自分からしかけた行動というのはなく、カトリック教皇のやることへの返答、応答という形をとっている。
これは一貫していて、彼は群衆をたきつけて、「お前ら、カトリックのやっていることはこんなにおかしいんだぞ」という扇動的なものは少なく、(もちろん扇動的なものもある、ローマからの破門教書を聴衆の前で焼き付けたことがある。)、教会とドイツ民衆との間で、ゆれ動いている。
後年の過激化した農民戦争にははっきり、追従せず、ノーをつきつけているのも行動様式においては折衷型という彼の特徴を示す。
その意味で現実主義者であり、調停者であった。
言葉においては理想的にありたいが、行動においては、教会の人間として農民と教皇の中間というポジションはやはりあるのだと思う。

その調停者的側面をもつルターが「これはならじ!」と最初にノーをつきつけたのが、「聖ペテロ大聖堂修復のための大赦勅書」だ。
これが、クロス博士のコレクションのなかにあり、1835年に出品されているのだ。

まず贖宥状という用語に関して、おさらいと説明が必要だろう。
「免罪符」という言葉も流通しているが、これは分かりやすいものの、教義的にはあやまりだ。
罪を犯した場合、罪そのものを免れるものではない。
つまり免罪ではないのだ。
キリスト教では罪をおかした場合、罰をともなう。その罰を免れるというのがもともとの贖宥状の意味である。
このことは贖宥状の成立に関ることでもある。
もともとこの贖宥状の起原は、10世紀十字軍の頃にさかのぼる。
十字軍の兵士たちは、”殺人”という罪を犯す。
兵士たちは当然、罪を犯すのを拒む、違和感をおぼえる。
それに対し、教皇は兵士のこのような状況を考慮して、兵士に罪の全面的贖宥を認め、教会の祝福がなくてもたましいの平安が与えられることを約束した。
これが起原である。
そのうちに十字軍に参加できない老人や婦女子も一定の金額を教会に収めれば、全面的に贖宥が認められるようになった。
贖宥状はラテン語で、Indulgentiaとよぶが、これは、「関大さ、大目にみる、許す」を意味する。
もともと動詞のindulgeo「与える、甘やかす、好きにさせる」から派生した名詞。
英語のindulgeも同じで、(人を)甘やかす、欲しいものを与えるという意味だ。

She indulges her child.といったら、「彼女は子供を甘やかせる」、だ。熟語の indulge inだと、◯◯にふける、耽溺する、という意味もある。
従って、ラテン語のIndulgentiaには、罪を大目にみる、許すというニュアンスを持つ。

とはいえ、ルターのころになると十字軍という大義名分もなく、教会の財源困窮時の好都合な材料へと堕落していた。
その証拠に、「聖年贖宥」と題して、贖宥をもとめた。
わかりやすくいいかえると、「今年はキリストがうまれてから〇〇周年記念である。寄付をつのる。罪は(罰は)ゆるされる!」というふうになると思う。
そういう贖宥が、16世紀にもあり、教会の財源が困窮したとき、「聖ペテロ大聖堂の建築」を理由に贖宥状の販売をはじめた。
その時の教皇がレオ10世である。1514年には、ドイツにも販路をもとめ、マインツの大司教アルブレヒトが任される。
アルブレヒトの部下、修道士テッツェルは、市中にでて「おまえさんがたが、お金を箱の中に入れると、その音とともに霊魂は煉獄から飛び立つのだ」と説教をするのだった。
これは露骨な言い回しだが、現代でも新興宗教の多大な寄付をつのるさいに、あなたの罪は(罰は)許されるというニュアンスはないだろうか。

こんな言葉に、デリケートなルターは黙っていられない。
1517年には、『95ヶ条の論題・テーゼ』を発表した。
かんたんにいうと、ルターは、「キリストが悔い改めよ(ルターはウルガタ訳に疑問をもち、ギリシャ語のμετανοεῖτε【命令形】の原義を重んじた)とのべたのは、全生涯をかけての悔い改め、であることを願ったのだ」
と(論題1)
つまり一回限りの考え方の転換ではなく、考えの転換(μετά越えて、後に、変化を表す、νοέω/νοῦς(考える、精神・知性)は生涯繰り返されるべきだと述べている。
そして、教会がやっている
「贖宥によって人間はすべての罰から解放され、救われる、と説明する贖宥の説教者は誤っている。」(論壇21)
とはっきり断罪している。
これはステッツェルの説教を念頭においてのことだろう。
27と28には、次のような痛烈な批判もある。
(27)「お金が箱の中に投げ入れられ、そのお金がチャリンと音を立てるや否や、魂が飛び立つ(とともに煉獄を去る)と教える人たちは、(神の教えではなく)人間的な教えを宣べ伝えている。
(28)お金が箱の中に投げ入れられ、そのお金がチャリンと音を立てることで、利益と貪(むさぼ)りは確かに増して加わるに違いないが、教会のとりなしはただ神の御心に基づいている。

まー、神をも怖れぬ痛快さといえよう。
ルターはこの論題・テーゼ(95Thesen)を、ヴィッテンベルク城教会の提示したのだ。(画像参照。)
これは明らかな戦線布告と見なされても仕方ないであろう。
1517年10月31日であった。

そして、この95の論題が発端となり、各地の人文主義者(エラスムス等)が加わり、宗教改革へと連なっていく。
95の論題はその嚆矢となったものだ。
そしてこのルターに95の論題を直接書かしめた、教皇レオ10世の「聖ペテロ大聖堂の建築」のための勅書がサザビーズの競売にかけられているのだ。

ロトナンバー1490番がそれだ。

レオ10世——聖ペテロ大聖堂修復のための大赦勅書(1515年)

1490 — Bulla plenissime remissionis omnium peccatorum, &c. pro reperatione Basilice principis Apostolorum de Urbe (S. Petri) ad Moguntinum et Magdeburgei Provintias: ac illarum et Halberstatensi Civitates et Diocess, &c.
fol. Datum Rome, 1515, pridie kal. Aprilis, Pont. nostri anno tercio

すべての罪の最も完全なる赦免の勅書——ローマの都における使徒たちの長(聖ペテロ)のバジリカ修復のために、マインツおよびマクデブルクの管区へ、ならびにそれらおよびハルバーシュタットの諸都市・諸教区等へ宛てて。

二折判。ローマにて発付、1515年3月31日、教皇位第3年。

The publication of this Bull was the origin of Luther’s applying himself more strenuously and personally to the cause of the Reformation in the Church. The tract is printed on four leaves, in a Gothic character, and is of the greatest rarity and interest.

「この勅書の公布こそが、ルターをより積極的・個人的に教会改革の事業へ向かわせた直接の契機である。ゴシック活字、4葉刷り。最高度の希少性と史料的重要性を有する。」(「」は、英文。サザビーズの注釈である。)

(出品物はさまざまな形で分類され、Ecclesia: Bullae et Litterae Indulgentiarum, &c.”(教会関係:勅書・贖宥状文書等、品目1470–1516)というカテゴリーもある。)

サザビーズも「最高度の希少性」と書いているが、確かに現物があれば、心躍りそうである。
まず、この1490番、は誰に落札され、どこかに保存されているのか?
はたまた散逸されたのか、その辺りはよく分からない。


ともかく、このサザビーズの「まとめ」自体が、一定の価値を持っていることは確かだ。
学術的に後代からみて疑問がつく点はあるにしても、クロス博士のコレクションをまとめたわけで、この時点では、現物はあり、オークションにも出品されていたわけだ。
20日間にもわたる大規模なオークションだった模様。
それゆえに、生年的に間に合わなかったのに(オークション時、1835年時は、カミングス4歳)、カミングスがこの競売目録を入手したのは、現時点では十分首肯しうることである。
クロス博士のコレクション自体が、まとまった質の高い網羅的なものだったのかが分かる。
(続く)

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