井筒本 二冊

日記

井筒俊彦に関する本を二冊読んだ。
一冊は、安藤礼二著「井筒俊彦」、もう一冊は「井筒俊彦とイスラーム」(編著 弟子筋へのインタビューと単行本への書評)。

いずれも、井筒俊彦という人が他界してから年数が経ち、「雲の上」でなく、距離をとれるようになってはじめて書かれたものだ、という印象が強い。

安藤氏の本は、第一章のプライベートに関する記述がおどろきを禁じ得なかった。
井筒さんの父は商売人だときいていたが、なんと妻は芸者さんだったとのこと。(差別しているわけではないです。念のため)

また自身の出自背景について口をとざしていたこと、結婚当時正体不明の「おば」が家に住んでいた、ことなどが語られる。
父親は、禅を教えた人というイメージしかなかったが、なかなかどうして、内面の相克をかかえたディオニュソス的人間だったことが言外に伝わる。

安藤さんの著作、哲学という面で考察すると、井筒哲学をいくぶん、分かりやすく仕分けているきらいが若干あり。
初期のプロティノス論からの一貫性を重視している解釈。

また井筒哲学のスピノザとの親和性を随所で指摘しているが、どうなのだろうか。

P.163 
イランの革命で目指された神を媒介とした民主政体とは、スピノザが『エチカ』を土台として、『神学 政治論』で素描した政体ときわめて類似するものとなるだろう。

これは、ちょっと書きすぎではないだろうか。
とはいえ、P.164には、弟子の黒田寿郎さんのイスラームとスピノザの関連についての引用があり(『イスラームの構造』自分は未読)、「井筒-スピノザ」という路線は、ありうるかもしれない。

***

井筒さんの思想については、これからも論じられていくだろう。
他方、両著において感じたプライベート、語学に関することにふれておきたい。

井筒さんというと、語学の天才、30の言語を操る、司馬遼太郎との対談で語っていた。

しかし、両著で感じたのは、井筒さんの努力の凄さだ。
安藤氏は注においてP.39

~井筒は「語学の天才」といわれているが、さまざまな言語について、無数に残されている初頭文法の書物もそれぞれ丁寧に読み込まれていることも確認できた。言語について超人的な能力をもつ人ではなく、超人的な努力をたゆまず続けた人だったのである。~

このことは、『井筒俊彦とイスラーム』(こちらは弟子へのインタビューが半分)においてある程度、裏付け可能だ。

P.117
岩見
~先生の語学学習に関していえば、時間を決めてしっかり取り組むということです。例えば、月曜日のいつからいつまではアラビア語を、その後はフランス語を必ず読むとお決めになるわけです。そして、10分とか15分とか細切れの時間ができたとき、その時は昔やった語学を復習されるんですね
例えば私が軽井沢のお宅にお邪魔していた時ですが、奥様がお料理を作っておられて、先生は勉強しておられるわけです。奥様があと15分くらいでご飯の支度ができますよと声をおかけになると、その15分でなにかそれこそ昔おやりになったジャーヒリーヤの詩でもご覧になるわけです。そういうふうにして時間を使っておられた。とにかく、この時間はこれをやるとお決めになってやると。~

P.113
岩見 「とにかく徹底的に単語を覚えろと言われました。
高田 「それはきついですね。(笑)」

そんな井筒さんですら、モハッゲグには嫉妬のようなコメントが。

P.120
「あんなにアラビア語ができる人を見たことがない」と彼を大変高く評価されていました。

司馬遼太郎との対談でも、(漱石と比較して)体育会的な頭なんですよ、みたいなことを述べておられた。

また授業の前日には、準備すること。
いつも辞書を持ち歩いていた、とあり、やはり一にも二にも努力なのだ。
むろん、その過程で、学ぶコツ、忘れぬコツ、センスなども磨かれていくわけだが、時空をこえた天才でないことは確かだ。

以上は、語学。

もう一点感じたことは、あれだけ仕事量をこなした井筒さんではあるが、ここは自分のフィールドと「見切る」のすごさだ。
このテクストは、手をだす、出さないの判断。
例えば、「旧約」には言及していないのは、なぜだろう、と対談中述べられているが、やはり膨大な文献学的時間がかかるからだろう、と。

P.122「多分、ハディースはご自分でおやりになるつもりはなかったんじゃないでしょうか。先生は若い頃胸を患われて、それこそ生死の境を彷徨われた経験がおありですから、あんまり手広くやって体力を消耗するわけにはいかないとお考えになられたのでは。だからイブン・アラビーでも『メッカ啓示』なんかには全然手をつけられていないですね。あれはやるとすれば、だいぶ骨の折れる仕事になるでしょうからね。」

体の問題もあったようだが、やはり井筒さんの中での優先順位で、網羅的仕事は他にまかせるという意識が強かったにちがいない。

121「先生のやり方というのは、難しくてもなんでも短くまとまったテキストを徹底的に集中して読むということですね。これはご自身でもはっきりと確かあの本にかかれていたと思うけど、文献学的な研究をしようとは思わないと。その代わりコアというか、エッセンスを取り出したいとおっしゃっていました。そのためにはどんな難しい本でも読むと。これは直接お聞きしたことだけど、読む時には「これを今俺が読まなかったら世界中で絶対、誰も読まない、読めないと思って読め」って言っておられたな。

エッセンス的なテクストに集中して取り組む、これが井筒さんのスタイルだったわけだ。
だからこそ、あれだけ広いフィールドに取り組むことができた。
狭い形で限定していたら、あのような地域的広がりはなかった。
いずれにせよ、彼自身は、非常に自分の能力を限定的に使っていたのだろう。

それにしても「世界中で、誰も読まない、読めないと思って読め!」とはものすごい気概である。

あと印象に残っているのは、◯弟子、教育についてと(弟子二人を家で寝起きさせる!)◯井筒さんがチョークで竹?の絵を描いた話のくだり。
後者のエピソードはランドルトが「日本の伝統のシンボルを描いた」と述べられている(P.219)が、これがどういう意味をもつのかよく分からなかった。

もし、ご存知の人がいたら、一言、コメントいただければと思う。


Comments

  1. へうたむ says:

    私は、井筒の著書では、岩波新書『イスラーム哲学の原像』が、読みやすくて、スーフィーの神秘主義を興味深く伺えました。
    ですが、彼自身が “哲学” しようとした大著『意識と本質』(岩波文庫)は、興味をもって読んだのですが、「分節」などの語の使われ方が、自身の身に即してではなく、哲学用語としてだけ響いて、空しく感じました‥‥氏は参禅の体験などがあったかとも思うのですけれど…。
    『意識の形而上学 『大乗起信論』の哲学』(中公文庫)もがんばって読みましたが、やはり “ひとごと”感がぬぐえず、あくまで氏はイスラーム学者としては偉大であるけれども、哲学者としては ― だいそれた言い方になりますが ― 評価できないのです。

    読むべきは『イスラーム思想史』(中公文庫)なのですが、附篇は面白くて読んだものの、そのあと本がどこかへ行っています…。

    • わ~、コメントありがとうございます。
      なるほど、『意識と本質』は、本人の体験からでた言葉でなく、借り物感があったということでしょうか。
      自分は特にそれを感じませんでしたが、賛否あるでしょうね。

      初期の『神秘哲学』(岩波文庫になりました。)は、彼自身の経験に即して書かれていますし、プロティノスでおわるのですが、とにかくユニークで、絶対に類書はありません。
      たんなるギリシャ哲学紹介で終わっていません。
      血と肉で書かれています。実際、結核で血を吐きながら書いたとか、、、。
      機会があれば、手にとってみてください。

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