井上新八さんの「続ける思考」を読んだ。
非常に共感するところが、多かった。
内容を紹介すると、著者はブックデザイナー(本のデザイン)で、ともかく仕事量が多い。
その上、映画もみたい、ランニングもしたい、ドラマもみたい、とやりたいこと、ねばならないことが多いとのこと。
そこで、朝4時に起きて、12時までに、ランニングも含めて、だいたい終える、というものだ。
とにかくデザインの仕事量も多いのに、メールのやりとりなどもアシスタント使わずやっているという。
(著者は最後に裏テーマは「ひとりでどこまでやれるか」と書いていた。)
新八さんの仕事量についての記事はこちら↓↓↓

実は、自分も「毎日やると苦でない」ということはうすうす気づいていた。
週に一回でよい用事(特定の掃除)など、非常に非効率でノロノロ、おまけに取り掛かるまでの腰が重い。ともかく「おっくう」なのだ。
他方、毎日やることに決めている拭きソージ、すこしむずかしいテクストを読むこと、語学の書き取り。
などは、あんまり苦ではない。
やはり「習慣」の力はおおきいということなのだろうか。
で、新八さんの場合は、その多くのルーティンに仕事がはさまり、多くのタスクをこなすことになり、そうなるとジョギングもいれて、12時までかかるというのだ。
さらにすごいのは、「本を一日一冊読む」そして、在籍している出版社に通勤し、夜はゴールデン街で飲んでいるというのだ。
ひえぇー。
「ブログを書く」「本を読む」という習慣は「週に一度」では、なかなか定着しづらかったが、「毎日!」に変えたら、定着したという。
わかるような気がする。
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一番「そのとおり!」と感じたのは、
「継続の最大の敵は、大きな達成」という言葉だ。
自分の言葉で拡大、敷衍すると、「人はなにか成果を期待して、継続するが、その期待が大きすぎると、途中で自分の能力に失望し、イヤになるんじゃないだろうか、」ということだ。
例えばノウハウ本、「2周間で英検2級」というような本がある。
とりくんでみると、大きな成果(合格)が気になって、自分の能力に期待しすぎて、思うような結果(合格)がえられないと、落胆し、継続をやめてしまう。
「結果」に意識が行き過ぎると、日々の積み重ねの味わいが低下する。
期待が大きいとショックも大きい。
それらの効率系を否定しないが、手間暇かけたものへの愛着というのは必ずある。
新八さんも、「時間をかけたら好きになる場合がある」ということも書かれていて(掃除)、これも分かる気がする。
たとえば、語学でも点数は低いけど、時間をかけたので、好き!というのはあると思う。スポーツでもそう。下手だけど、愛着があって、続けている。
現代は、成果(東大合格、MBA合格)とかに意識が行き過ぎだと思う。
しかしながら、試験の輪切り採点では味わえないくらい深いものが、語学にはあるし、個々のスポーツ、登山や、野球、芸道の味わいがある。掃除だって、つきつめていけば深い。
言わば、スローなプロセスの味わい。
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新八さんの文脈と少し離れるかもしれないが、ゲーテの言葉で好きな言葉がある。
出会ったのは、10代だけど、この文脈にぴったり。
「いつかは目標に通じる歩みを一歩一歩と運んでいくのでは足りない。
その一歩一歩が目標なのだし、一歩そのものが価値あるものでなければならないよ。」
(『エッカーマンとの対話』岩波文庫 上巻P.59)
あの「ゲーテ」がいうのだ。
目標も大事だけど、一歩一歩(日々の暮らし)も価値あるものでなければならないよと。
きっとゲーテの生活も、インスタ映えのしない、地味でコツコツが90%だったに違いない。
有名な「大作をねらうな!」という言葉も、似たように解釈できるかもしれない。
こちらもやはり「過大な結果を意識しすぎるな!目先の一歩一歩に着目!」ということを指しているのかもしれない。



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